『奴婢訓』ヨーロッパ凱旋公演 当時の海外紙劇評紹介

1978年アムステルダムのミクリ実験工房のテンケート氏の企画で、ホーバークラフト式の移動密室操作による観客参加の演劇「奴婢訓」(寺山修司作、J・A・シーザー共同演出)を公演するため、天井桟敷のメンバー28名は1月16日羽田発パリ経由でアムステルダムへ出発した。

オランダを皮切りに、ベルギー、イギリスなどを四ヶ月にわたって、巡演し、「ザ・タイムズ」紙をはじめ、「ザ・ガーディアン」「デーリー・テレグラフ」紙らに絶賛され、BBC放送によって、特別番組として放送された「奴婢訓」。20人ずつに分断されて移動する12の密室は、「体験する演劇」と話題をよび、BBC放送の「芸術番組=アレナ」に特集録画された。

■ザ・タイムズ評■

「ロンドンの劇壇は、グロトフスキーとの出会い以来の事件に出会い以来の事件にでくわした」

■ザ・ガーディアン■

「前衛的な視覚言語によって、真に国際的演劇を実現」

三日目で、すでに最終日までのチケット売り切れ。キャンセル待ちの客が行列をつくった。

●シシリー島の古代ローマの野外劇場で夏期公演、パリ、フェスティバル・オートンヌ公演などから招聘状●

●カラカスで開催される本年度の諸国芸術祭(テアトル・デ・シオン)からの招聘状●

■ザ・タイムズ評■

 ロンドンが初めて接した寺山修司の演劇は、イエジー・グロトフスキの発見以来の、最も見事な外国劇団との出会いであった。

リバーサイドの舞台いっぱいにくり広げられるパノラマ。寺山の役者たちは、歌い、踊り、勇猛果敢なアクロバットで、すべてを支配する独裁者の、正確な肖像を描き出す。この近寄り難いまでの舞台上の悪役が、スリリングなスペクタクルを生み出す。


「トータル・シアター」として見ると、時折、英語の台詞も交えて演じられるその舞台は、衣装や効果、精密に作られた拷問機械が、ジュネの幻想の家をしのぐ豊富さで、次々に主人の役を演じる召使たちを助けて、目くるめくサド・マゾスティックな夢の世界を繰り広げている。


■プレイ・アンドプレイヤーズ評■

 寺山は日本人だが、その作品は全体的に、西洋芸術から、インスピレーションを得ている。台本は一応、ジョナサン・スウィフトの風刺小説に材を得ているし、視覚的にはフランスのシュール・レアリズム、ルネ・マグリットやマルセル・デュシャンの機械などの、驚くべき集合体を思わせる。

寺山のオリジナリティは、内省者としてより、イメージの狩人としてのものだ。空間に対して、画家的感覚を持っており、俳優たちを、行為のキャンバスに絵の具として塗りこめる。多くの前衛芸術家と違って、そのスタイルに対する感覚は、実験としてのプロセスだけでなく、常に観客としての大衆を頭に入れたものだ。寺山の才能は、そのメッセージの抽象性とは反対に、明快である。


 寺山は自らの紹介文で「私がこの演劇で描きたいことは、「主人の不在」という言葉で表される、今日の世界の状況である。」と述べている。そして、台本は、こう言っている。「主人のいない家を持つことは不幸だ。しかし、家が主人を必要とすることは、もっと不幸だ。」自由は怖ろしい。

少なくとも出演者たちは、この人間の実在のパニックをとらえている。自由の意識をもてあそびながら、召使たちは、他人の中での自分の無を表すだけである。自分自身に対する憎悪は、彼らの”主人”あるいは肉体に対する姿勢の中に反映されている。どの場面も彼らを閉じこめる肉体の罰に帰結するのだ。

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