’78年 晴海国際貿易センター 『奴婢訓』 動画

 

●78年天井桟敷新聞 『海を渡った奴婢訓』J・A・シーザー寄稿より●

 

演劇実験室・天井桟敷一行28名は、ヨーロッパで3ヶ月間「奴婢訓」を公演してまわった。これは、その時のシーザーの旅日記のほんの一部です。

一月十七日=午後三時、パリ・ドゴール空港に着いた。

一月十八日=午前十時から全員で作業開始。コーラスボックス・無人島ボックスなど木箱十九個作りで夜九時までかかった。

二月一日=パリ在住のゴバース女史がパリからやって来て、寺山氏とビデオの構成について急遽話し合った。ビデオと劇とを分離させず一   つの作品としてまとめることで合意。

二月七日=ビデオシステムも改良されて、いよいよ正式の初日。プレス・批評家も来る。団員全員に緊張感がみなぎる。予想通りいい出来だった。

二月二十四日=BBCの撮影のため9時起床。撮影は全スタッフ協力して順調に終了。いよいよ明日が楽日。「ホーバークラフトによる移動密室劇『奴婢訓』の三年越しの実験が総括される。

三月六日=昨日はデンボス公演で今日はテイエル公演。テイエルの町は人口八百人で、町の劇場のキャパが八百というウソのような話。日本人を見るのがめずらしいらしく、店に入ろうとすると奥から飛び出してきて「ウエルカム」とくる。

三月十六日=ハーグ公演。イカした劇場だった。劇場の名前も「HOT」。いかにも小劇場の見本のようなフリースペースで設備もととのっている。寺山氏も「うちの劇場もここまでいきたいね」としきりにあちこち見てまわっていた。

三月二十九日=いよいよ英国公演の準備。スタッフ会議をひらいて、アムステルダムの移動密室、地方ツアーの靴にかわるテーマとして「主人の椅子」という設定をもうける。観客席を含むあらゆる椅子の検証。

四月十一日=「初日」。客のほとんどがプレス関係の演劇評論家と招待客である。終わるや否や、プレス関係者が走って出て新聞社に電話を掛け始める。あわただしく電話送稿しているらしい。私たちは初日祝いのパーティー!日本酒「大関」。あとは明日の朝刊に出る批評ですべてが決まるという「ロンドン式」にまかせる他はない。

四月十二日=二日酔いの頭を叩きながらホテルのロビーに行くと、ニコニコ顔のゴバース女史がいた。「どうやら大成功よ!全部の新聞がほめているもの」うれしかった。大成功である。

四月十六日=もう千秋楽までチケットは売り切れだそうだ。寺山氏はインタビューに追われている。新高さん、タリらの演技を名指しでほめている記事も出ている。リバーサイドのディレクター兼演出家、ピータージル氏の家でティーパーティー。

四月二十九日=今回の海外遠征が、私達にとって何であったかは、帰国してみないとわからない。意味はいつでも、隠れてやってくるものなのだ。(J・A・シーザー)

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