不思議の組成


①伊野尾理枝

③1987年万有引力に入団、現在に至るまで女優、振付、演出助手として活躍。映画「リング」、「リング2」に山村貞子役で出演。東京都出身。

④さまざまな理由で心に残る作品は挙げきれないほどだけど、どうしてもひとつ選ぶならジァンジャンでやったK企画プロデュースの「盲人書簡」

⑤あまりにも自分が何にもできなかったから。

⑥木原音瀬さんに、すっかりやられています。大好き。


こんにちは。いのおです。


万有に入団して、今年で23年目になりました。

途中何度か休んでいた時期もあるけど、正式に入団する前に2年ちょっと、お手伝いもしていたので足掛け25年の関わりですねー。

長かった、という気はしないけど、振り返るとこうしてまだここにいる、という事が不思議なような気がします。いや別に波乱も無かったし、辞めよう、と思った事も無いのですが。


私が今ここにいることになった、一番の大きなきっかけは天井桟敷の最終公演、紀伊国屋ホールの「レミング」です。今日はその話を少しさせて下さい。


中学生の頃から寺山さんの本を読み始め、この人は面白い!と気になっていた私は雑誌や新聞等で報道される「天井桟敷」の公演も一度観てみたいと思いつつも、そのためにはどうしたらいいか、が分からない子供でした。ぼんやりと「観たいなぁ」と思いつついくつかの公演をやり過ごし、新聞に載った「レミング」の紹介記事に「体調が思わしくないので演出はこのあとしばらくお休み」という内容を見た時、これは大変!今度こそ行かなくちゃ!と決心。それでも前売り券を買う、という知恵は無く、「ぴあ」を見て紀伊国屋ホールに行くのが精一杯でした。


ところが、開場(開演)30分前あたりに着いた紀伊国屋ホールの受付で「当日券は出しません」と言われ目の前が真っ白に・・・。声をかけた友人と二人ぼんやりと外に出て、「映画でも観る?」と街を一周しました。が、これといって観たい映画もなし、心はやっぱり紀伊国屋にあって、私は友人に訊ねました。「ごめん!もう一回、戻ってみていい?」エレベーターを降り、再び立った紀伊国屋ホールの前のスペースには長蛇の列ができていて、番号順に中に入って行くところでした。チケットの無い私達は列に並ぶこともできずに、壁際に立って劇場の中へと吸い込まれていく人たちを眺めていました。他にも何人も壁際に立っているひとがいて、ああ、この人達も同類なんだなぁ、と親近感を感じたりしながら。戻ってどうなる、というあてもなかったのですが、ただもう少し関わっていたい、何か小さなカケラでもいいから拾いたい、といった気持ちでした。


さて列の最後の人が音楽のこぼれ出てくる暗い空間に消えた後、受付の女性が「それでは只今より、当日券を発売します!」とロビーに立っていた我々に(20人くらいはいたかな)宣言しました。驚きでした。とにかくびっくりでした。そんな展開は全く予想してなかったので。なんとなく気になって戻ってみた自分の正しさに激しく感動しつつ受付で当日券を買い、お金と引き換えにチケットと小さな黒い座布団を受け取ってドキドキしながらその異空間へと足を踏み入れました。


そうして観たのが最後になってしまった天井桟敷「レミング」です。座布団を敷いて通路に座っているすぐ横をゆっくりと動きながら通り過ぎる俳優の裸足の足にドキドキし(近すぎて顔は見上げられませんでした。恐くて。)予想外の舞台の美しさや叙情性にうっとりしあるいは暗転の中、小さな、顔を照らす明かりだけで演じられる大家さんのシーンでは客席に点在する4人の大家の意味不明の囲碁用語の応酬に心底ビビり初めて体験する完全暗転の闇の質感を味わい(ある意味)分かりやすいストーリー展開やハッキリしたメッセージがあることに驚きつつも気持ちよくのせられ、運ばれ、閉じ込められ・・・。


ラストはドンドンと四方から音が響き根本さんの叫ぶ暗転の中で、「いや芝居だから、最後は開くはず、絶対に!」と思いながらも「もしこのまま帰れなかったらどうなるんだろう・・・」なんて心配も、色々したのを覚えてます。あれ、今思うと天井桟敷の実験劇をいくつも観た(体験した)お客さんにはもっともっとこわかったんでしょうね。「こいつらほんとにやりかねない」って思えちゃうでしょうから。


さてそんな風にして「天井桟敷」を体験してしまった演劇部所属の女子高生は、一気に目覚めて(?)しまいました。「あんなふうに、面白くて、カッコイくて、ドキドキする芝居がやりたい!」


それまで東京キッドブラザースや四季のミュージカルを喜んでやっていた女子高の演劇部で、「寺山修司がやりたい!」といいだして騒動を起こすのは最早必然でした。


その話はまた次回に!